それはモウ何年前かも忘れた程の昔。兎に角十数年は昔だった。当時、或る政治団体の裏の情報係の様な事をしていた。東京・水道橋の駅前では仕事帰り、たびたび新左翼の中核派がビラ配りをしていた。そこでわざとそのビラを受け取り、署名をし、次に行われる日比谷公会堂での集会に行くアポをした。その時のビラの内容の一部が「狭山差別裁判の反動策謀」と言ったものだったのである。
それからこのセクトの色んな集会、会合、はては三里塚でのデモ行進に迄参加すると言う熱の入り様。勿論小生の思想内容は内実、彼らとは正反対のモノであった事は言う迄も無い。そこで縁あって、「造化の判決」と言う狭山事件の映画を見る機会があった事がそもそもの出会いであった。もとよりこの時点では事件に関する知識などほとんど皆無に近かった。
しかしそれが切っ掛けで、本件に関心を深めて行く事となった。手に入れば片端から事件本を読書した。野間本、一問一答とかそういう解同関係本、甲斐、亀井、そして殿岡本と進んだ。折を見ては単独で、現地を歩いて見たりもした。当時(初期の頃)やはり左系統だが現地調査をやっている数人の人達と多少の交流もあった。
その過程で印象に残っていた長兄疑惑を、甲斐・殿岡両説をMIXした様な形で2板に初めて投稿した。この時点ではまだ亀井本の「無罪の新事実」は手に入っていなかった。
色々と考えながら投稿しているうちにその「無罪」を手に入れた。冷静に考えて、この本の推理部分は兎も角例の所沢署長であった人物の証言は到底無視出来ないものと考えるに至った。
長兄疑惑には相当長い間洗脳を受けていた。やはり焦点は犯人がどうやって長兄に見つからずに、自転車と脅迫状を届けたのかと言う状況への疑問だ。その疑惑をはっきりと推理したものが殿岡本であった。つまり甲斐本での「犯人X」を長兄にすれば易々とこの状況がクリア出来るではないか、と言うわけだ。
事件発覚時刻への疑惑を推理としてはっきりと書いているのは亀井本だけだ。と言うよりこれはもう、推理以前にまさにその「新事実」を、実名の事件捜査関係者の証言として、出してしまっていた。どう検討を加えても、この証言自体の信憑性は極めて高かった。
この事実を引き出したのは亀井の言わばスクープであって、この件では独壇場だ。だから、他の類書にこの件がほとんど取り上げられて無い事も当然の結果だった。
こう言う、明確な証言を引き出されてしまえば、あとは謙虚にその証言を自説に取り入れて行くしか無い。
雑駁に言ってこんな経緯で、本件に頭を突っ込む事となった。現地調査では被害者とその姉の墓前に焼香をさせて頂く事を欠かしたく無い。先日も事件当日午後の様な雨の中、苦心して線香に火を灯した。