問答無用

近況告知板

佐野屋・3  

 3=下記「2」で記した事をも考慮すると、佐野屋に徒歩で現れて逃走した犯人のアジトは、やはり堀兼地区のどこかに、つまり被害者の「近所」にあったと見て良いだろう。

 と言うのは、例えば佐野屋への出現と逃走は徒歩で現れたとして、どこかの道路又は道路近くの雑木林などに隠しておいた車で逃走したとするればそれこそ、「車での出現を想定して付近一帯の要所に捜査員を配置していた」捜査網にどこかで引っ掛かっていただろうと思われるからである。
 
 佐野屋から権現橋方向へ逃走し、そこで水位の低い不老川に入って逃走したと言う説は、その為、可也蓋然性が高い。この点から考えて見ても、やはり犯人が「近所の者」「知り合いの者」であった可能性は高くなる。
 
 警備の厳しい道路を通らずに、その不老川や農道などをひたすらに走り、当時の石川氏の自宅や、その他、堀兼地区からは可也遠方のアジトに逃走する事は、下半身はもとより全身泥だらけになっての事にならざるを得ない。勿論、上記の理由からこの逃走には車は使えない。

 本年も5/1に現地へ赴く予定である。見分の便宜の上からは、当日快晴に恵まれる事を望んではいるけれども、もし雨が降ったなら、下記2で記した事を、参加者に体験して頂きたいとも思う、つまり、水を吸込んだ畑地を歩くと言う事が、如何に面倒で困難で、逃走には不向きかと言う事を、である。

 その様な場所で、余り遠方には逃走出来ない。真犯人が「被害者の身内に近い者」「少なくとも近所の人」だと言う、当時からあった推測は、この点からもある程度の高い可能性で、裏付けられる事と思う。
  1. 2006/04/23|
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佐野屋・2  

 疑問と言うよりも現地で得た感想を少し。

 2=一昨年(2004年)の8月29日に現地へ赴いた時には、事件当日のような雨であった。被害者宅N家の墓所へ行こうとした時のこと。農道の水たまりを避けようと、水がたまっていない畑の方へ足を踏み入れたら、泥沼のように靴が土の中へめり込んでしまった。一見、水もたまっていなくて、そこなら靴も濡れずに済みそうだと思ったのが失敗の元。
 
 降雨の最中、或いは降雨の後、水をふんだんに含んだ畑の柔らかい土の上を歩いたりすると、ヘタをすれば足首まで泥の中に嵌ってしまう事に、その時今更ながらに気付かされた。増してや、その様な畑の中を走ったりすれば、雪の中を走るのと同じで、足を取られてしまって素早い行動は出来ない。無理して走ったとしたら、少なくとも下半身は泥だらけになる。
 
 事件当時は周知の通り、1日には午後から激しい降雨があり、翌2日も4時半から7時半頃迄雷雨があった。この為、現地一帯の畑地は雨水をふんだんに吸込み、筆者が体験したように、見た目はそれほどには見えなくとも、内実は足を取られるほどの泥濘状態となっていた筈だ。
 
 5月3日午前零時過ぎ、夜陰に紛れて佐野屋に接近した犯人は、当然、上記の様な畑地の状態を知り尽くし、尚且つ、佐野屋付近の農道に就いては夜中であってもそこを行き来出来るほどに、充分な土地勘があった者だと言う事が出来る。
  1. 2006/04/20|
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佐野屋・1  

 佐野屋での疑問は既に幾つかが指摘されているが、筆者が特に感じる処を以下。
 
 1=捜査陣は脅迫状の「車で行く」に引っ掛かり、道路の交差点などに重点配置した事が犯人の逃走を助ける結果となったと指摘されているが、実際は県警捜査一課長補佐・大谷木警部は、午前中、狭山署に於いて、犯人が徒歩で現れる(従って畑からの出現も考慮していた)事をも想定した配置計画を立てていた。処が、夜8時になって狭山署に乗込んで来た中勲県警本部刑事部長、正田政二捜査一課次席、長谷
部刑事調査官らが、まさに脅迫状文面通りに車での出現(だけ)を想定したものに変更してしまった。しかも、配置人員は土地勘の無い県警本部員中心にしてしまった。初めの計画通りにやっておれば、犯人取り逃がしは無かったと思われる。急に県警幹部が乗込み、計画を変更したのは何故か。
 
 その理由としては以下が考えられる。
 
 A=状況は全然違うが、「車」と言うものが介在した為に犯人を取り逃がした一ヶ月前の「吉展ちゃん誘拐事件」が相当なトラウマとなっていたのでは無いか。と言うのは、吉展ちゃん事件の場合、捜査陣よりも先に家族が犯人指定場所に「車」で向かってしまい(荷台に捜査員一名が潜入してはいたが)結果として僅か3分の差で、身代金を犯人に奪われて逃亡されるというミスを犯していた。
 
 たが為に(この時=吉展ちゃん事件の時は家族が車で走ったのであったが)犯人が脅迫状で言うようにもし車で来るなら、今度こそ逃してはならないのであった。県警本部は名誉に賭けてこう考察した。よって、夜になって現地署に乗込んででも、犯人が車で出現する事を想定した配置に変更したのであった。
 
 B=既に出来上がっていた配備計画を覆して犯人側の意図通りにする。この事から、「警察内部に犯人に通じる者、少なくとも意図的に操られていた者がいたのでは無いか」との憶測を呼ぶ原因にもなっている。
 
 吉展ちゃん事件での失敗があったからこそ、今度こそ、犯人を取り逃がす事は絶対に不可である。だとしたら、車、徒歩、両者を含めあらゆる可能性に対処した計画を県警本部も取るべきであったし、普通ならそうした筈だ。それをしないで、徒歩での出現の可能性はあっさりと切り捨て、車での出現の可能性だけを想定した配置計画に、しかも夜8時を過ぎてから、早急に(強引に)変更している。犯人側を利するだけである。

 ちなみに、亀井氏はこの事を以て、佐野屋での立回りが「自作自演」だとする説を唱えた程だ。
  1. 2006/04/13|
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脅迫状発見状況  

 コラム「ゆりかもめ・143〜6」で、脅迫状発見時の状況に就いて詳しく検討されている。
 
 詳細は周知の事であるにつき、ここでは省く。
 最大の疑問点は、脅迫状(そして自転車も)の発見から警察への届け出迄、僅か10〜15分と言う猛スピードで処理されている事で、これは従来から、やはり亀井トム、殿岡駿星両氏によって指摘されて来た。
 
 亀井氏は、後に、当サイト本体にも書いたように、「事件発覚は一般に言われている脅迫状発見よりも前、なんらかの形であった」と言う根拠として、事件当時の所沢署々長細田氏の証言を引き出し、脅迫状発見時刻よりも前に(例えば犯人からの電話等で)事件を既に知っていたとするならば、7時40分からの猛スピード処理も頷ける、そう推理した。
 (亀井説はこの後、佐野屋での張込みが警察
  のでっち上げであったとの推理を可成り強
  引に展開。その根拠は色々に記されていた
  が、やはり小生には相当強引が解釈があり
  過ぎるとの感が否めなかった)
 
 殿岡氏は実際に自ら脅迫状発見から通報に至る行動を実験して見て、「この時点で初めて事件が発覚した(つまり家族が誘拐を知った)と言うには、とても不自然な状況であった事を、実感を持って述べられている。そして長兄説を取る事によって、この猛スピードが犯人にとって必要不可欠な事項であった旨を推理している。
 
 殿岡説は初期の小生の説と同じで、亀井説は現在の小生の説と同じだ。
 
 当サイト本文と重複する事になるが、小生はこの「細田証言」を現在では重視し、これを全ての前提として色々と考えて来ている。
 
いずれにせよ両氏が書いている如く、この様な短時間で警察への通報と言う重大な決断を下した状況そのものが、事件の謎を解く鍵になっていると言う認識だ。

そしてこの事も、特に長兄説をとらない場合でも、被害者家族、特に長兄氏が、事件の本質について事前に何か掴んでいたと言う事を示唆していると考える所以になっている。
  1. 2006/04/10|
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動機はカネではない  

 狭山事件の真犯人の真の動機に就いては、当初から脅迫状に書かれている「金二十万円」では無い事が、多くの著作者によって指摘されている。
 
 主な処では亀井トム氏が「単純な身代金目的に見せかけた犯行」として、被害者家族内の財産継承を巡る動機を想定していた。
また、殿岡駿星氏も、その著作と最近の配信コラムで、その事を強調されている。
 
 殿岡氏は「もし被害者の姉が持って来たカネの包みを(実際はただの紙切れだった訳だが)佐野屋に現れた犯人が、本気で奪う気だったのなら、初めから『おいおい』などと声を掛けたりせずに、そっと近づいて引ったくるとか、声を掛けたとしても『カネをこっちへ放れ』と申し向けた方が良かった筈」だと推理している。小生も全く同感である。
 
 当時の佐野屋付近は全くの暗闇であったのだから、まずは引ったくるのが一番やりそうな方法だ。暗闇でも畑から現れ、そして逃走して行った犯人は、付近の地形、道路の有様に就いて精通していたと推定出来る。カネを放らせる事も普通に考えられる事である。
 
 ではそれをやらなかったのは何故であろうか。
 それは、やはり、犯人の佐野屋での目的は「そこに現れる事」にあったからであろうと考えられる。それも、姉に声を掛けてすぐに消えてしまうのでは駄目で、やはり少しは粘って、いかにもカネに執着がある事を示しておく。カネの包みを獲得しない間は、警察もすぐには動かないだろうと想定出来る。そして、「そこに二人来ているじゃないか」と言っておく事で、警察に通報したから身代金奪取に失敗し、その結果として被害者を殺害したと言うストーリーに繋げると言う企みであった事だろう。
 
 「動機がカネではない」と言う事は、もう一つ、財産目的でも無いと言う事でもある。亀井説の様に、財産を独占する目的で、関係家族の「殺害」までを目論むと言うのは、その手段に可成り飛躍と無理がある様に思われる。結果としては、四女をこの事件で失い、姉(次女)と次兄も後年自殺し、末弟は養子に行っているし長女は事件前に既に家を出ているのだから、長兄がほぼ全財産を独占した形になっているが、家族殺害と言う手段を取って迄獲得したいほどの大金持ちの家では当時の被害者宅は、無かったのである。肉親の殺害と言う常軌を逸した大それた行動を取らなくとも、長男であるのだから、充分に他の手段も取れる。これが、例えば生き残って財産と家名を獲得したのが次男などであったとしたら、それはまた話が違ってくるのである。
 
 よって、真の動機は身代金、財産双方を含め、カネ目的では無いと推理する。
 
 しかしながら被害者宅の長兄が、たんなる被害者家族であると言うにはやはりどう考えても疑問がある。最近も次々と発生している事件被害者(遺族)の言動を見るにつけてもその思いを強くする。ほとんど全ての遺族たちが、「家族はどうして殺されなければならなかったのか、その真相と、犯人の謝罪、贖罪の気持ちをはっきりと聞きたい」と言う態度を示しているからだ。これが被害者遺族として、自然な感情であるのだ。
 
 が長兄の態度はこうした自然なあり方から比べると余りにも不自然過ぎる。ここにある「裏」をかいま見る事は、別に「長兄説」を取らなくとも、「自然な見方」である。

上記
>また、殿岡駿星氏も、その著作と最近の配信コラムで、その事を強調されている
 
は、もう少し正確に記すと「単純な身代金目的に見せかけた犯行」だ、と言う事を強調されている、と言う意。殿岡氏自身は、改めて言う迄もなく、「財産継承を巡る動機」を想定している訳ではない。
  1. 2006/04/06|
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CONTENTS

SITE PROFILE
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事件概要
◆長兄説◆
◆黒幕説◆
◆屍体埋没◆
◆怨恨説◆
黒幕説補稿
異説 紛々
◇狂言誘拐説◇
長兄の手記
電話の証言
法医考察1
法医考察2
法医考察3
法医問題の決着
基礎事実の検討1
基礎事実の検討2

現地調査写真
現地調査写真2
実況見分録
実況見分考察
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