これは、所謂「痴漢冤罪事件」の映画の題名。ある知人の方が、この映画の制作面に関わっていらっしゃると言う事を近ごろ知っていた処、メルマガの「狭山の風」を読んでいたら、こんな記事もあった(以下引用させて頂きます)。
> >映画「それでもボクはやってない」がヒットした背景に2009年までに施行される裁判員制度がある。これまでになく「冤罪」に社会の関心が集まっている。こんなゲームもあった。『逆転裁判シリーズ』(ニンテンドー)だ(中略)ゲーム「狭山事件」をつくるときがきた。ゲーム人口は膨大である。彼らの支持は狭山事件の解決の大きな力となるに違いない。ゲームのシナリオはこうだ。第3次で再審が認められる。事実調べが始まる。東京高裁でてごわい検察にたちむかうのは若手弁護士(あなた)だ。さあ、あなたは石川一雄さんを無罪にできるか!?
出来ます。それどころか、これがゲームである以上は、その上、つまり「では真犯人は誰か」まで行かなければ、面白くないと思われます。
当サイトは勿論はじめから石川さんが無罪であることを前提に作っていることは表紙に記してある通りであります。無罪はもはや自明のことだから。
しかしながら、その「自明の事」が、ないがしろにされていると言うのが狭山事件の現状であるわけです。この自明の事を、きちんと自明の事にする事が、当サイトの第一の目標であります。これは当然の事です。そして更にその後に、真犯人追求と言う事が、第二の目標になります。勿論、現行法に於いては、殺人の時効と言うものがあり、仮に真犯人を明らかに出来たとしても、その人を法的に裁く事は出来ません。が(これは今後議論、と言うか法を変える活動も当然伴うことですが)そもそも殺人罪の公訴時効がたったの「二十五年」と言う現行法がおかしいわけですが、法がなくとも、当サイト自身が特定の法で裁かれない限りに於いては、その追求は筆者の目の黒い限り、その「真犯人追求」を存続する次第であります。
その理由。
冤罪被害者である石川さんが、たとえ明日にでもその冤罪が晴れ、無罪を勝ち取ったとしても、失われた年月を取り返す事は出来ません。同じ様に、殺害された被害者も同時にうかばれません。そして、こういう世の中(こういう国)では、他のすべての事がらが、おかしな事になって行く、と言う事であります。