3=下記「2」で記した事をも考慮すると、佐野屋に徒歩で現れて逃走した犯人のアジトは、やはり堀兼地区のどこかに、つまり被害者の「近所」にあったと見て良いだろう。
と言うのは、例えば佐野屋への出現と逃走は徒歩で現れたとして、どこかの道路又は道路近くの雑木林などに隠しておいた車で逃走したとするればそれこそ、「車での出現を想定して付近一帯の要所に捜査員を配置していた」捜査網にどこかで引っ掛かっていただろうと思われるからである。
佐野屋から権現橋方向へ逃走し、そこで水位の低い不老川に入って逃走したと言う説は、その為、可也蓋然性が高い。この点から考えて見ても、やはり犯人が「近所の者」「知り合いの者」であった可能性は高くなる。
警備の厳しい道路を通らずに、その不老川や農道などをひたすらに走り、当時の石川氏の自宅や、その他、堀兼地区からは可也遠方のアジトに逃走する事は、下半身はもとより全身泥だらけになっての事にならざるを得ない。勿論、上記の理由からこの逃走には車は使えない。
本年も5/1に現地へ赴く予定である。見分の便宜の上からは、当日快晴に恵まれる事を望んではいるけれども、もし雨が降ったなら、下記2で記した事を、参加者に体験して頂きたいとも思う、つまり、水を吸込んだ畑地を歩くと言う事が、如何に面倒で困難で、逃走には不向きかと言う事を、である。
その様な場所で、余り遠方には逃走出来ない。真犯人が「被害者の身内に近い者」「少なくとも近所の人」だと言う、当時からあった推測は、この点からもある程度の高い可能性で、裏付けられる事と思う。